作曲家のための現代奏法解説 
この解説は作曲家の参考のために作成しました。
作曲家や演奏家が個人的な研究のためにダウンロードし印刷することは差し支えありません。
随時更新していますのでなるべく最新のものをご参照ください。 最終更新 2016年6月20日

■インデックス

発音の原理 ミュート
記譜 ゲシュトップ
音域 重音奏法
各種のトロンボーン シラブル
ポジション指定 微分音
グリッサンド 吸気
ハーモニクス・グリッサンド 循環呼吸
ヴィブラート 楽器から発生するノイズ
トリルについて Fアタッチメントのショートカット
アタック(発音)  
フラッター・タンギング 作曲家へのワンポイント
ドゥードゥル・タンギング 演奏家へのワンポイント
スラップ・タンギング
トレモロ トロンボーンポジション表
ブレス・トーン(息音) F管使用で可能なトリル表

■発音の原理
他の金管楽器と同様に唇の振動を楽器に共振させて音を得る。
唇が振動している時点ですでに音程があるので、唇のみ、マウスピースのみ、スライドセクションのみである程度演奏することができる。
マウスピースのみの場合は域の出口を手で開け閉めすることでミュート効果がある。スライドセクションのみでは全体の管長が変わるので比例してポジションの感覚も狭くなる。

■記譜
トロンボーンはB♭を基音をとする「ベー管」だが移調楽器ではない。必ず実音で記譜する。

音部記号はヘ音記号、テナー記号、アルト記号、ト音記号が用いられ用途によって使い分けがなされる。
オーケストラ:ヘ音記号、テナー記号、アルト記号(テナー記号とアルト記号は一つの曲の中では混在しない)、ト音記号
ソロ曲と室内楽曲: ヘ音記号、テナー記号、ト音記号
アルトトロンボーンのためのソロ曲:アルト記号
ジャズ:ヘ音記号

■音域
下記に用途別音域の概略を示す。
譜例a:小中学生向けのバンド曲など
譜例b:一般的なオーケストラ曲やシンフォニックバンド、ソロ曲
譜例c:前衛的なソロ曲や一部のオーケストラ曲(リヒャルト・シュトラウス、ベルクなど)
譜例d:音質や柔軟性、耐久力など考慮しない限界の音域の目安

金管楽器の音域は声楽家と同じように個人差があり、音量や音質、演奏できる長さなど、表現力にも制約がある。下図は音域と演奏可能な長さを表している。最低音では大量の息を消費するため長い音やフレーズを演奏できない。逆に最高音域では口の周りの筋肉を酷使するため、連続した演奏が困難である。(記載した秒数は筆者の場合)

下図は音域によって可能なダイナミクスを黒い部分によって表している。最高最低音域では極端なダイナミクスでの演奏が不可能である。この点は木管楽器と大きく異なる点で、誤解されていることが多い。大音量を期待する場合は平均的な音域に収めるべきである。
管楽器で音域によって音のカラー、テンションといったものが存在する。音域によってどのくらい音質が変化するかは、コンサート会場などで実際に生の音を聞いて理解していただきたい。

■トロンボーンとバス・トロンボーン
もっとも一般的なトロンボーンはテナー・トロンボーンであり、Fアタッチメント付きと無しのもの2種存在する。Fアタッチメント付きのものはヴァルブを操作することで4度下の音程を得ることができる。クラシックのトロンボーン奏者はほぼ100%この楽器の使用を想定して差し支えない。ジャズではFアタッチメントの無いものを使用する。下図でE♭からHまでがこの「Fアタッチメント」で拡張された音域である。

この図でCの音は、スライドをいっぱい(抜けるぎりぎり)まで伸ばさなければならないので早いパッセージは演奏できない(それでもやや高め)。その下Hの音は物理的には不可能だが、唇で強制的に音程を下げて(Bending tone or Fake tone) 演奏する方法で発音は可能である。

その下のBの音とそれ以下はいわゆる「ベダルトーン(Pedaltone)」と呼ばれるもので倍音の基音に相当する。倍音が基音であるということ以外に他の音との区別は無く「Pedaltone」と書く必要はない。このB♭からさらに6度下のEまではFアタッチメントを必要としない。それ以下の最低音域ではFアタッチメントを使った方が鮮明な場合と使わないほうが鮮明な場合が混在する。

「バストロンボーン」もこの「Fアタッチメント付きテナートロンボーン」とまったく同じ長さである。ただ低音を豊かにするため管全体が太く作られ、マウスピースも大きい物を使用する。さらにひとつのヴァルブを追加して、F管のほかA♭やE、E♭、G管などのアタッチメントが付属することもある。この場合は前述のB♭とHの音も物理的に正しく演奏することができる。奏者はテナー奏者とバス奏者は別に扱われるが両方演奏できる奏者も多い。

楽器と音域のまとめ
オーケストラの1番2番パート:ヘ音記号下架線2本のHは書かない。Cは可能だが細かい動きを伴うものはNG。
オーケストラの3番(バストロンボーン)パート:制約なし

■ポジション指定
作曲家がスライドのポジション(スライドの位置)を指定する必要性は次の場合に考えられる。
1)後述のハーモニクスグリッサンドの効果を得るため倍音を変えながら演奏することを期待する場合。
2)ポジションによる音質の違いを期待する場合。 たとえばヘ音記号上架線1本のDでは1ポジション(第4倍音)、4ポジション(第5倍音)、7ポジション(第6倍音)3種類のヴァリエイションが存在し、近いポジション(下の倍音)ではトロンボーンらしい明るい音色が得られ、遠いポジション(上の倍音)ではやわらかく鼻にかかった音が得られる。しかしポジションによる音質の差は大きくなく、よく響く会場などでは明確にならない場合が多い。

■グリッサンド
方向、速度が自由に指定可能。ただし完全なグリッサンドが可能な音程は下記のものに限られる。
(幅が減5度のものは通常の管で演奏するもの、完全4度のものはFアタッチメントを使用する。)

これ以外のインターバルでのグリッサンドが指定された場合、グリサンドが途切れる地点を奏者が設定し、近接のポジションに置き換えて演奏する(下記参照)。勝手に解釈されたくない場合は記譜上で指定する必要がある。サンプル再生


スライドの動きを線に曲線にイメージして書くことも可能。図(a)は一定の速さでスライドを動かした場合。(b)は最初遅く、最後の音に近づくにつれ早く動かす場合。何の指定も無い場合は通常この(b)で演奏する。さらに正確にグリッサンドの途中でタイミングと音高を指定したい場合は、譜頭(音符の玉の部分)の無い音符を書くなどして対応する。


■ハーモニクス・グリッサンド

「隣り合った異なる倍音列の音を連続的に演奏すること」と定義される。
早く演奏するとコロラトゥーラのような効果がある。サンプル再生 スライドの動きは上行、下行とも可能である。bは後半で同じポジションになる例。



詳細は別に掲載したポジション表を参照。複雑な組み合わせでも可能なものもあり、簡単な音形でも困難なものも存在する。同音のハーモニクスグリッサンド(カラートリルに相当)も存在する。これは必然的にグリッサンドを含むことになり独特の効果を持つ。

ハーモニクスグリサンドを指定する場合、音符上に数字でポジション番号を書くことがもっとも明快である。しかし理論上のポジションと実際に吹きやすい(ハーモニクスグリサンドの効果が出やすい)ポジションとは一致しないことが多い。したがって最初と最後の音を指定し、harmonicsなどと書き添えてポジションは奏者に任せる方法も現実的である。ポジション番号は慣習でローマ数字(T〜Y)で表されることが多いが、遠目でZとYとW、TとUとVの区別がつきにくいのので、他に数字を使う項目(ダイナミクス、秒数等)が無ければ普通のアラビア数字で十分である。

■ヴィブラート
スライドか唇、あるいは息を使用する。
スライドを使ったヴィブラートでは振幅、早さ、方向(ピッチの上方向か下方向、あるいは両方)の指定が可能である。振幅の大きなヴィブラートはトロンボーン独特の効果を持つ。次第に振幅を大きくしながら音を大きくする方法はよく使われ、クレシェンドの効果を高めることができる。 1ポジション、7ポジションでは、それぞれ上方向、下方向へのピッチのシフトはできない。
唇を使ったヴィブラートでは振幅のコントロールは困難だが速さは自由にコントロール可能。
息を使ったヴィブラートでは音の強弱の変化に付随してピッチが変化することでヴィブラートの効果を得る。振幅が大きくなると後述のトレモロと同様の奏法になる。

■トリル
3種類の方法がある。
1) 同じポジションで隣り合った倍音の音を、唇の操作によって交互に発音することで実現する。もっとも一般的。
下記にこの方法で実現可能な全音のトリルを示す。数字はポジション。

この方法でトリルが可能な最低音は上の譜例の最初のDである。これ以下は3度、4度、5度あるいはオクターブのスラーになる。

2) Fアタッチメントを使用したトリル。この場合に可能なトリルを別表に示す。

3)スライドを出来るだけ早く動かしてトリルを模倣するもの。バロックのソロ曲などで使われることがある。

トロンボーン独特の効果としてグリサンドとトリルを併用する事ができる。下記はその例。

■アタック(発音)
発音は息だけで hu、舌を使って tu、du、喉を使って ku などと発音することによって行う。これらの子音を指定して特別な効果を得ることもできる。ダブルタンギング(dukudukuなど)、やトリプルタンギング(duduku dudukuなど)は通常早いパッセージで使用するが、人によってまたテンポや音形や曲想によって使用しないほうが効果的な場合もある。特に理由が無ければ作曲の段階でする必要は無い。弦楽器でよく使われる al niente(音量ゼロからのクレシェンドもある程度模倣することは可能だが、発音のタイミングをコントロールすることは非常に困難である。これは唇が振動を開始する瞬間に、音を維持するよりも大きな息の圧力が必要だからだと考えられる。(オーボエの低音域と同じ)

■フラッター・タンギング
舌を使うものと喉を使うものの2種類存在する。舌を使う場合は巻き舌のようにrrrrと舌を弾ませて発音する。サンプル再生 喉を使う場合はgrrrrと「うなる」ように喉を鳴らす。サンプル再生 どちらの場合も息さえ出ていれば可能で、息音のノイズと組み合わせたり、音の任意の場所で一時的にフラッタータンギングに移行しまた元にもどる、といった使い方が可能。舌を使った場合の方がrrrrrというフラッター効果が良く聞こえ、音域や音量の制約も少ない。
記譜ではトレモロの印が代用され、さらに音符のそばに「flutter」と指定する。

■ドゥードゥル・タンギング
doodle tunging はジャズプレイヤーにとっては重要なテクニックで下を左右に動かすことによって行う。主に早いレガートをグリッサンドが含まれないように明確に演奏するために用いられる。

■スラップ・タンギング(タングラム)
スラップ・タンギングは強い息のながれを舌で瞬時にせきとめることによって行う。サックスやフルートのタングラムに相当する。この方法では演奏している管長の基音を多く含んだノイズが得られる。(つまり1ポジションではB♭)サンプル再生 さらに大きな音量、あるいはもっとはっきりした音程を得たい場合は、舌で息をせき止める直前に瞬間的に息を流し、唇を震わせて通常の音のように発音することを行う。サンプル再生 この方法だとほぼ全音域の音程を表現することができる。ノイジィーで鋭く勢いがあるので、大きい音量が可能であると誤解されやすいが、音量の面では普通に発音した方がはるかに大きな音量が得られる。スラップタンギングは多少口の形を変えなければならないことと、ひとつの音に対しても非常にたくさんの息を必要とする関係で速いテンポで演奏することは困難である。(筆者の場合は1分間160回程度のテンポが限度)。また同じ理由で通常の音と速く交互に演奏することは不可能。

■トレモロ
huhuhuhuあるいはkukukukuと早く発音しながら息を出すことによってトレモロのような効果が得られる。ただしマリンバのようにきめ細かいものではなく、4分音符120のテンポで16分音符程度の速さが限界である。この方法は便宜上「トレモロ」としたがまだ奏法としては一般的ではない。したがって現段階で楽譜に「tremolo」と指定しても奏者は具体的な方法がわからない。そのため記譜する場合はスラースタッカートを書いて音符の下に「hu hu」などと指定する。斜め3本線のトレモロ記号を使うとフラッターと誤解される。

■ブレストーン(息音)
楽器に息を吹き込んで出す息音(breath tone) は近年良く使われるがもっとも誤解の多い奏法のひとつである。
単に息を吹き込むだけでは作曲家の期待するほどの音量が得られない。これはトロンボーンがヴァルブや管の曲折など、空気の抵抗をもたらす部分が少ないためである。サンプル再生 

息の音そのものにはピッチは無く、スライドの場所にかかわらず常に同一のノイズとして聞こえる。(トランペットやホルンなど管の細い楽器は強く息を吹き込むことでその管長の基音を含んだノイズが得られる) すでにピッチが指定されている既存の作品を演奏するときは、やや口をすぼめて歯の間に空気を通し「シー」というノイズを人工的に作り出し、シラブルで音程表現をすることが必要である。サンプル再生

オーケストラなどでさらに大きな音が必要なときは、マウスピースをはずして前後逆に持ち、そのマウスピースを通してマウスパイプ(楽器の先端の空気の入り口)に息をぶつける方法をとる。サンプル再生 これは大量の息を消費するため2秒ぐらいしか継続できない。連続で何度も演奏すると酸欠状態に陥る。

■ミュート
ストレートミュート straight mute (st.mute)
ストレートミュートには木製と金属製の2種類があって、音質が著しく異なる。st.mute(wood)、st.mute(metal) などと指定。指定が無い場合は奏者が曲想や他の楽器とのバランスなどによって適当に選択する。オーケストラではたいてい金属製が使用されるがリヒャルト・シュトラウス、ベルク、ウェーベルンなどのドイツ系、武満などでは木のミュートが使われる。

カップミュート cup mute
カップ部分をベルに近づけたり、離したりする事で音質が変化する。cup mute(close)、cup mute(open)などと指定する。

ワーワーミュート
wa-wa mute (wah-wah mute, wau-wau mute) ハーマンミュート harmon mute
左手中心部の穴を開閉する事によって音質を変化させる。したがってFアタッチメント(左手で操作するヴァルブ)を必要とする音でこの操作を行うことはできない。このミュートでは中心部のステムを抜き差しする事によって音質をやや変化させられるが、トランペットほどの効果は期待できない。また演奏しながらこの作業を行うことはできない。このステム部分を取り外したものを特にハーマンミュート(harmon mute)と呼ぶことがあるが、区別が明確でないのでwa-wa mute (with stem)あるいは(without stem)などと指定する方が明快である。ステムをはずした状態は音量が小さくなり手の開閉の効果がほとんど無くなる。また低音域が不安定になる。楽器保持の問題でステムを伸ばした状態で長時間穴を開閉することはできない。(トランペットではこれが可能)

プランジャー plunger
椀形のミュートで直接ベル(音の出口)を開閉する。音符の上にオープンでは○、クローズでは+などと指定する。また開閉の途中での効果を期待する場合は折れ線グラフのような線で指定する。グリサンドを併用すると効果を高めることができる。

ウイスパーミュート(プラクティス ミュート) whisper mute (practice mute)
練習用の非常に小さい音がでるミュート。マイクが内蔵されていてアンプやエフェクターと直結できるものもある。 楽器から出る音のほとんどを電気的にアウトプットできる。

バケットミュート(ベルベトーン ミュート) bucket mute (velvetone mute)
小さなバケツ型でベルの先端に取り付けて使用する。

ソロトーンミュート(クリアトーン ミュート) solotone mute (cleartone mute)
ミュートの中を息が通るようにしたものでSPレコードのような音が得られる。

ピクシーミュート Pixie mute
小さく作られたストレートミュート。プランジャーとの併用が可能だが音程が大きく乱れるため演奏に制約がある。

バズミュート buzz mute
紙や樹脂の薄い膜が附属し、カズーのようなノイズが加わる。John Cageのsolo for sliding tromboneで使用されている。サンプル再生
CD-Rの中央の穴を指やテープでふさぎベルに押し付けて演奏することで簡易的にバズミュートの効果が得られる。

その他特殊なものとしてはビニールホースをつけて先端を振り回すもの、直径20cmほどのシンバルをプランジャーのように開閉し、ベルにぶつけてノイズを発したり、音と共振させてりすることも可能である。

ミュートの取り外しには最低3秒、取り替えには5秒の時間がかかり、演奏しながらのミュートの取り外しは困難。

奏者は自分の左側にストックしたミュートを左手のみで扱えるように訓練すべきである。この方法は最短の時間で付け替えできるばかりでなく、ワーワーやプランジャーなど左手を必要とするミュートでも取り付けの動作後に持ち替える必要が無い。さらにしっかり差し込まなくてもとりあえず左手で押さえながら演奏できるという利点もある。

プランジャーミュートを使用する場合、及びワーワーミュートで左手の開閉を伴う場合、Fアタッチメントを操作できないため下記の音域は演奏不可能である。
擬似的に(Fake Tone)として演奏することは可能。

■ゲシュトップ
右手あるいは左手を直接ベルに挿入する奏法。左手で行う場合はすべての音で可能だが楽器を持ち替える必要がありさらにFアタッチメントを併用できない。右手の場合はFアタッチメントの使用を含めたすべての1ポジションと3ポジションの音で実現可能。音程は半音弱下がるがホルンのような著しい音質の変化は得られない。プランジャーミュートの代替的効果。

■重音奏法
重音奏法には2種類あり、声と楽器の音を同時に演奏するもの(with voice)と、唇を不正振動させるもの(multiphonic sound)がある。

1)声と楽器の音を同時に演奏する方法
声の音域は演奏者の声域に一致し、ファルセット(裏声)での発声も可能。下記に大体の音域を示す。(筆者の場合)

記譜は普通同じ五線上に音符の形を変えて書く。複雑な音形で1段では表現できないときは2段譜も使われる。
この方法の重音奏法にはトロンボーンにとって二つのおおきなアドバンテージがある。
1.トロンボーンの音域が声域と一致しているため(男声の場合)互いに干渉する事ができる。つまり協和音や半音のぶつかりを表現できる。
2.楽器の音と声、両方ともグリサンドが可能なため、徐々に声と楽器の音の間隔を開いたり、また交差したりできる。下記にそれらの例を示します。四角い音符が発声を表します。

どちらか一方を短い音にしてリズムを追加することも可能である。(下記参照)ただこの場合は声、あるいは楽器の音どちらかを常に発音しているため正しいアタックができない。したがって短い音を鮮明にマルカートで演奏することは不可能である。

近接したピッチで声と楽器の音を演奏すると「brrrrr」といった共振した効果が得られる。しかし音程が半音以下に設定された場合(譜例 a)は楽器の音のピッチに声が吸い込まれ、結局同じ音になってしまうという現象が起こる。したがって共振効果をはっきり期待したいときには声と楽器の音を全音でぶつける事を勧める。(譜例 b)

楽器を通した声はどうしても楽器の音に対して小さく聞こえやすいので、音量的に同じぐらいのバランスで聞かせるためには声の音域を工夫する必要がある。あるいはミュートを使用して楽器の音を小さく抑えてバランスをとるという方法も良く使われる。

2)唇を不正振動させる方法
この方法は唇の振動部分をすぼめて圧迫し強制的に2重に振動させる方法である。もっとも困難な奏法のひとつで、必ずしも練習すればできるというものでもない。可能な音の組み合わせも限られておりダイナミクスも柔軟に対応できない。したがってこの奏法を使う場合は何らかの代替奏法の指定が必要であると思われる。I.Xenakisの "Keren", P.Dusapinの "Indeed"などのソロ曲で使われており、 Mike SvobodaのCD "Power & Poetry"等で聞くことができる。
サンプル FとBbが同時に聞き取れる。

■シラブル
演奏しながらa,e,i,o,u(アエイオウ)などと母音を発音し音質を変化させることができる。通常奏者は u(ウ)ぐらいの口蓋(イメージ)で演奏しているので、これを 変化させる。i(イ)と o(オ)など両極端を交互に指定すると効果が大きい。また特定の単語を演奏と同時に発音して効果を得ることもある。ヘ音記号のB♭あたりの音域でこのシラブルを極端に使うとモンゴルの「ホーミー」のような効果が得られる。

■微分音
理論的には半音を無限に分けることが可能。J.Cageのトロンボーンとピアノのデュオ「TWO5」(1991) では半音が7段階に分割されて指定されている。 トロンボーンでは微分音を視覚的に(スライドを見て)確認できるのでほかの楽器よりは容易に演奏でき制約は少ない。

■吸気 (inhale)
楽器を通して吸気することによって得られるノイズは排気のそれよいもやや大きい音量が得られる。また同時に唇を高い音で振動させることで風の音のような表現をすることができる。吸気による発声で音程を指定することもできる(L.Berio / Sequenza V参照)
吸気によって唇を振動させ、明確な音程を得る奏法も存在する。(V.Globokar / "RES/AS/EX/INS-PIRER"参照)

■循環呼吸 (circulated breath)
頬に息をため、その息で音を出している間に鼻から吸気する。この間口の周りの形を変える必要がありやや音質も変化する。木管楽器より演奏に必要な息が多いので音域や音量に制約がある。一息で聞かせたいフレーズがある場合、どこで循環呼吸を行うかは指定せず、範囲を指定し「必要ならcirculated breathを使う」などと注釈をつける方法を勧める。

楽器から発生するノイズ noise
マウスピースを手のひらでたたく (管の基音をわずかに含むのノイズが得られる。スライドの先端をを床につけ、右手で楽器の高さを調整する。Fアタッチメント付きトロンボーンの場合Bb〜Dbが可能)
ジョイント部分のねじを緩めてチャラチャラいわす
ベルなどを指ではじく 等

以下は奏者に拒否される可能性のあるもの
スライドを1ポジションの根元にぶつける 、ミュートをベルに接触させて共振させる、スライドで床を突く、
スライドを 付け根部分に強くあてる、スライド部分をとりはずし密閉して外管をすばやく抜く(Fアタッチメント部分でも可)、
ベルにアルミ箔などの異物を挿入する。マレットで楽器をたたく、水などの液体を楽器に入れる 等

Fアタッチメントのショートカット
Fアタッチメントの抜き差し管を外してショートカットした部分から音を出す奏法。通常の管長と同じになるようにチューニングすると演奏が容易になる。たいへん小さな音が得られ、エコーのような距離感を実現できる。通常の音と頻繁に行き来することが可能。

【作曲家へのワンポイント】
オーケストラや室内楽のリハーサルは必ず時間的に制約がある。 曲に対する思い入れや作曲にいたった経緯、曲の構造などを説明する必要はない。その代わりバランスや音の長さ、強さ、アーティキュレーションなどの具体的な指示を積極的に行うべきである。熟練したオーケストラ奏者にとってはこのような具体的な指示の方が全体の理解の手助けになる。工事現場で穴を掘っている人に必要な情報は建物全体のヴィジョンではなく、穴の形と深さである。
楽器の機能を深く理解して書くことが理想だが、そうでないことを理由にプレーヤーを恐れる必要は無い。作曲家が音のイメージをはっきり持ち、それを効率よく奏者に伝えられさえすれば必ずよい結果が期待できる。

【演奏家へのワンポイント】
記譜が作曲家の意図と必ずしも一致しないことを常に意識すべきである。現場で必要なダイナミクスや音の長さが正確に記譜されているとは限らない。楽譜に忠実であることは大切だがそれに固執せず、作曲家の意図を確認したうえで技術的な翻訳を行い、記譜方法を作曲家にフィードバックすることが必要である。
表現に 限界を感じた場合、作曲家に「速さ」「ダイナミクス」「肉体的な制約」「楽器特有の制約」など、どの部分で限界があるのかを具体的に伝えて代替処置を考える必要がある。すべてをいっしょくたにして「こんなのできねえよ」と言うだけではせっかくのアイデアが無になってしまう。
一見不可能な要求でも、何度かチャレンジしているうちに作曲家の本当の意図が見えてくる場合もある。その意図を理解してより効果があり、演奏しやすい方法を見つけるのは演奏家側の仕事である。